相続税の申告書を前にして、「これを自分で作れるのだろうか」と手が止まってしまう方は少なくありません。税理士に頼めば数十万円の報酬がかかる、しかし自分でやって間違えたら追徴課税が怖い。どちらを選んでも不安が残る、という状態でこのページにたどり着いた方も多いはずです。
結論から申し上げると、相続税申告を自分で行うことは法律上まったく問題なく可能です。ただし、財産の中身によって難易度は極端に変わります。預貯金だけの相続と、自宅の土地や非上場株式を含む相続とでは、必要な知識量が桁違いに異なるためです。
この記事では、国税庁が公表している最新の実測データをもとに、自分で申告して差し支えないケースと、税理士に依頼したほうが安全なケースの線引きを具体的に示します。そのうえで、自分で進める場合の手順と、つまずきやすい論点を順に整理します。
相続税申告を自分で行うことの可否
税理士への依頼義務の不存在
相続税の申告書は、相続人本人が作成して提出できます。税理士に依頼しなければならないという決まりはありません。国税庁も、相続人自身が申告書を作成することを前提とした手引きや様式一式を公開しています国税庁 相続税の申告のしかた(令和7年分用)。
申告書の様式も、第1表から第15表までがすべて国税庁のサイトから無料で入手できます国税庁 相続税の申告書等の様式一覧(令和7年分用)。つまり、道具はすべて揃っている状態です。問題は、その道具を正しく使いこなせるかどうかに絞られます。
申告が必要となる金額の基準
そもそも相続税の申告が必要になるのは、遺産の総額が基礎控除額を超える場合です。基礎控除額は次の式で計算します国税庁 No.4152 相続税の計算。
相続人が配偶者と子2人であれば、3,000万円 + 600万円 × 3 = 4,800万円が基礎控除額です。遺産の総額がこの範囲に収まるなら、申告も納税も不要です国税庁 No.4205 相続税の申告と納税。
ここで注意が要るのは、法定相続人の数え方です。相続放棄をした人がいても、放棄がなかったものとして数えます。また養子は、実子がいる場合は1人まで、実子がいない場合は2人までしか法定相続人の数に含められません。相続人の範囲そのものを取り違えると、基礎控除額から狂います国税庁 No.4132 相続人の範囲と法定相続分。
申告件数と電子申告の普及状況
実際にどれくらいの人が相続税を申告しているのかも、判断の材料になります。国税庁の集計では、令和6年分において亡くなった方は1,605,378人、そのうち相続税の申告書の提出があった被相続人は166,730人でした。課税割合は10.4パーセントです国税庁 令和6年分 相続税の申告事績の概要。おおむね10人に1人が申告している計算になります。
同じ資料では、令和6年度の相続税申告におけるe-Taxの利用率が50.3パーセントに達したことも公表されています。前年度から13.2ポイントの上昇です。電子申告は着実に一般的な手段になりつつあります。
自分で申告できるケースの判断基準
財産構成による切り分け
自力で申告できるかどうかは、遺産の中身でほぼ決まります。金額の大小よりも、評価に判断が入る財産が含まれているかが分かれ目です。預貯金は残高証明書の金額がそのまま評価額になりますが、土地は形状や接道条件によって評価額が変動するためです。
| 預貯金・現金 | 残高証明書の金額をそのまま計上。自力で対応しやすい |
|---|---|
| 上場株式・投資信託 | 取引残高報告書と株価をもとに計算。手順を踏めば対応可能 |
| 生命保険金・死亡退職金 | 非課税枠の計算が必要。慎重に確認すれば対応可能 |
| 自宅以外の土地・貸地 | 補正率の判断が入る。専門的な知識が必要 |
| 非上場株式 | 会社の規模判定と評価方式の選択が必要。税理士向き |
遺産が預貯金と自宅だけ、相続人も少数で争いがない、という構成であれば、自力での申告は現実的な選択肢になります。
特例適用の有無による切り分け
もうひとつの判断軸が、特例を使うかどうかです。相続税には税額を大きく下げる特例がありますが、いずれも適用要件の判定が複雑で、かつ申告書への記載が適用の条件になっています。
代表的なのが小規模宅地等の特例です。被相続人が住んでいた宅地について、330平方メートルまでの部分の評価額を80パーセント減額できます国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)。減額幅が大きいぶん、誰が取得したか、同居していたか、といった要件の判定を誤ると影響も大きくなります。
配偶者の税額軽減も同様です。配偶者が実際に取得した正味の遺産額のうち、1億6千万円と配偶者の法定相続分相当額のいずれか多い金額までは、配偶者に相続税がかかりません国税庁 No.4158 配偶者の税額の軽減。適用を受けるには、税額軽減の明細を記載した申告書に、遺産分割協議書の写しや相続人全員の印鑑証明書などを添えて提出する必要があります。
時間的な余裕の要否
見落とされがちなのが時間の問題です。相続税の申告期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内と決まっています国税庁 B1-2 相続税の申告手続。
10か月は長いようでいて、戸籍の取り寄せに1か月、金融機関の残高証明書の発行に2週間から1か月、と積み上げていくとあっという間に過ぎます。税務署や金融機関の窓口は平日の日中しか開いていないため、平日に動ける時間を確保できるかどうかが実務上の分岐点になります。
関連コラム相続税申告の流れ|10ヶ月のスケジュールと手続きの順序▸
税理士への依頼が望ましいケース
土地や非上場株式を含む相続
土地の評価は、相続税申告のなかでもっとも差が出る部分です。土地の価額は路線価方式または倍率方式で評価しますが国税庁 No.4602 土地家屋の評価、路線価方式では、路線価に奥行価格補正率などの各種補正率を乗じたうえで地積を掛けて計算します国税庁 No.4604 路線価方式による宅地の評価。
この補正率の適用判断は、現地の状況や測量図の読み取りを伴います。間口が狭い、奥行が極端に長い、崖地を含む、といった事情を拾えるかどうかで評価額は大きく変わります。過大に評価すれば払いすぎ、過小に評価すれば追徴という、どちらに転んでも損をする構造です。
非上場株式も難所です。取引相場のない株式は、会社の規模や株主の議決権割合に応じて評価方式を選択する必要があります国税庁 No.4638 取引相場のない株式の評価。会社の決算書を読み解く作業が前提となるため、自力での対応は現実的ではありません。
関連コラム相続税の土地評価|路線価方式と倍率方式の計算方法と減額要素▸
名義預金や生前贈与の判定
亡くなった方が配偶者や子の名義で作っていた預金、いわゆる名義預金は、実質的に被相続人の財産と判定されれば相続財産に含めなければなりません。通帳の名義だけを見て判断すると申告漏れになります。
生前贈与の扱いも同様です。相続や遺贈で財産を取得した人が、一定の期間内に被相続人から暦年課税に係る贈与を受けていた場合、その贈与財産の価額を相続税の課税価格に加算します国税庁 No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)。過去の資金移動を洗い出す作業は、第三者の目を入れたほうが確実です。
遺産分割が未了の相続
申告期限までに遺産分割協議がまとまらない場合でも、申告期限が延びることはありません。法定相続分で取得したものとして計算し、いったん申告と納税を行うことになります国税庁 No.4208 相続財産が分割されていないときの申告。
この未分割申告では、小規模宅地等の特例も配偶者の税額軽減も使えません。ただし「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておけば、3年以内に分割が成立した時点で特例を適用し、更正の請求によって還付を受けられます。この一連の段取りは手続きの前後関係が込み入っているため、専門家の関与が安心です。
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自分で申告する場合の手順
相続人の確定と書類の収集
最初に行うのは相続人の確定です。被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本を取り寄せ、法定相続人が誰なのかを確定させます。転籍を繰り返している場合は、複数の自治体に請求することになります。
並行して財産の資料を集めます。金融機関には相続開始日時点の残高証明書を、証券会社には取引残高報告書を請求します。不動産については、市区町村から固定資産評価証明書を、法務局から登記事項証明書を取得します。借入金や未払いの医療費といった債務、葬式費用の領収書も遺産総額から控除できるため、あわせて保管しておきます。
財産の評価と申告書の作成
資料が揃ったら、財産ごとに相続税評価額を算出します。預貯金は残高、上場株式は所定の株価をもとに評価し、土地は路線価図または評価倍率表を使って計算します。
評価が固まったら、財産の明細を第11表以降にまとめ、そこから第1表へ集約していきます。国税庁の手引きには記載例が掲載されているため、これに沿って進めるのが確実です。なお、申告書には「相続税の申告のためのチェックシート」も用意されており、誤りやすい事項の自己点検に使えます。
関連コラム相続税申告書の書き方|第1表から書くと必ず行き詰まる理由▸
電子申告と書面提出の選択
提出方法は、e-Taxによる送信のほか、郵便や信書便による送付、税務署の時間外収受箱への投函が選べます。提出先は被相続人の住所地を所轄する税務署です。相続人の住所地ではない点に注意が必要です。
e-Taxを使う場合、相続税は所得税の確定申告書等作成コーナーでは作成できません。パソコンにe-Taxソフトをダウンロードして申告書等を作成し、送信する流れになります。申告の内容によってはe-Taxを利用できない場合があり、そのときは書面で作成して持参または送付することになります。
電子申告の利点は、添付書類の多くをイメージデータで提出できる点にあります。対応状況や利用できる添付書類の範囲は、国税庁の特設サイトで随時更新されています国税庁 相続税e-Tax特設サイト。
納付方法の選択
納税の期限も申告期限と同じです。納付方法は、インターネットを利用した電子納税、クレジットカード納付、金融機関または税務署の窓口での現金納付から選べます。クレジットカード納付には納付税額に応じた決済手数料がかかります。
期限までに納められない場合は、利息にあたる延滞税が発生します国税庁 No.9205 延滞税について。金銭で一度に納めるのが原則ですが、要件を満たせば分割で納める延納、財産そのもので納める物納の制度もあります。いずれも申告期限までに申請書を提出して許可を受ける必要があります。
自分で申告する際の注意点
特例の適用漏れと申告要件
もっとも多い誤解が、「特例を使えば税額がゼロになるから申告しなくてよい」というものです。申告が必要かどうかの判定は、小規模宅地等の特例などを適用しない場合の課税価格で行います。特例を使って税額がゼロになるケースでも、申告書を提出しなければ特例そのものが適用されません国税庁 No.4102 相続税がかかる場合。
「税額ゼロだから申告不要」と自己判断した結果、期限後に指摘されて特例が使えなくなる、という事態は避けたいところです。
税務調査と接触の実測値
自分で申告した場合に気になるのが、税務署からの問い合わせでしょう。国税庁が公表している令和6事務年度の実績は次のとおりです国税庁 令和6事務年度における相続税の調査等の状況。
| 実地調査の件数 | 9,512件 |
|---|---|
| 申告漏れ等の非違件数 | 7,826件 |
| 非違割合 | 82.3パーセント |
| 1件当たりの申告漏れ課税価格 | 3,093万円 |
| 1件当たりの追徴税額 | 867万円 |
| 文書・電話等による簡易な接触の件数 | 21,969件 |
実地調査に入られた場合、8割を超える確率で何らかの申告漏れが指摘されている計算になります。さらに、実地調査に至らない文書や電話による簡易な接触も21,969件あり、こちらでも5,796件の非違が把握されています。
申告書の提出があった被相続人が年間166,730人という規模に対し、実地調査と簡易な接触を合わせると3万件を超えます。年分と事務年度がずれるため単純な割り算はできませんが、決して珍しい出来事ではない、という感覚は持っておいたほうがよいでしょう。
申告漏れが起きやすい財産
同じ資料によれば、令和6事務年度に把握された申告漏れ相続財産のうち、現金・預貯金等が29.1パーセントを占めています。有価証券が13.6パーセント、土地が12.3パーセントと続きます。
土地評価の難しさが注目されがちですが、実際にもっとも指摘が多いのは現金や預貯金です。名義預金の判定漏れ、亡くなる直前に引き出した現金の計上漏れ、把握しきれていない口座の存在といった、地道な洗い出しで防げる部分が中心になります。自分で申告する場合は、通帳の入出金履歴を数年分さかのぼって確認する作業を省かないことが肝心です。
費用と時間の比較
自力申告に要する実費
自分で申告する場合、税理士報酬はかかりません。ただし完全に無料というわけではなく、書類の取得実費が発生します。戸籍謄本、住民票、固定資産評価証明書、登記事項証明書、金融機関の残高証明書などを揃えると、相続人や金融機関の数にもよりますが、数千円から数万円程度の実費になります。
むしろ大きいのは時間のコストです。戸籍の収集と読み解き、財産目録の作成、評価額の算定、申告書15表の記入と、一つひとつは決して難解ではないものの、平日の窓口対応を含めて相応の日数を要します。
税理士報酬の考え方
税理士報酬は自由化されており、一律の基準はありません。一般には遺産総額に応じた基本報酬に、相続人の数や土地の筆数、非上場株式の有無といった加算項目を積み上げる形式が多く用いられています。
費用の判断にあたっては、報酬額だけでなく、その報酬によって回避できるリスクや、削減できる税額とあわせて見比べる必要があります。土地の評価減を正しく適用できたかどうかで税額が数百万円単位で変わることも珍しくないためです。
判断の目安
ここまでを整理すると、判断の目安は次のようになります。遺産が預貯金中心で基礎控除をわずかに超える程度、相続人間に争いがなく、平日に動ける時間が確保できるのであれば、自分で申告する選択には十分な合理性があります。
一方で、土地が複数ある、非上場株式がある、生前贈与や名義預金の整理が必要、二次相続まで見据えて分け方を決めたい、といった要素がひとつでも当てはまるなら、専門家に依頼したほうが結果的に負担も税額も抑えられる可能性が高くなります。
関連コラム相続手続きは自分でできる?手続き別の難易度と専門家の線引き▸
まとめ
相続税申告を自分で行うことは可能であり、実際に手引きも様式も国税庁がすべて公開しています。遺産が預貯金中心でシンプルな構成なら、時間さえ確保できれば十分に対応できます。
他方で、土地や非上場株式の評価、名義預金の判定、特例の適用要件といった論点が絡むと、途端に難易度が上がります。国税庁の実績では、実地調査に入られた案件の82.3パーセントで申告漏れ等の非違が把握され、1件当たりの追徴税額は867万円に上っています。自力で進める場合は、この水準のリスクを引き受けることになる点は正直に踏まえておきたいところです。
まずはご自身の遺産構成を書き出し、判断に迷う財産があるかどうかを確かめてみてください。判断がつかない項目がひとつでも残るなら、具体的なケースは税理士へのご相談をおすすめします。
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- 国税庁 相続税の申告のしかた(令和7年分用)
- 国税庁 相続税の申告書等の様式一覧(令和7年分用)
- 国税庁 B1-2 相続税の申告手続
- 国税庁 No.4102 相続税がかかる場合
- 国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
- 国税庁 No.4132 相続人の範囲と法定相続分
- 国税庁 No.4152 相続税の計算
- 国税庁 No.4158 配偶者の税額の軽減
- 国税庁 No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
- 国税庁 No.4205 相続税の申告と納税
- 国税庁 No.4208 相続財産が分割されていないときの申告
- 国税庁 No.4602 土地家屋の評価
- 国税庁 No.4604 路線価方式による宅地の評価
- 国税庁 No.4638 取引相場のない株式の評価
- 国税庁 No.9205 延滞税について
- 国税庁 相続税e-Tax特設サイト
- 国税庁 令和6年分 相続税の申告事績の概要
- 国税庁 令和6事務年度における相続税の調査等の状況
相続税申告を自分で行う場合のよくある質問まとめ
Q. 相続税申告を自分で行うことは法律上認められていますか。
A. 認められています。相続税の申告書は相続人本人が作成して提出でき、税理士に依頼しなければならないという決まりはありません。国税庁も相続人自身が作成することを前提とした手引きと様式一式を公開しています。
Q. 自分で申告しやすいのはどのようなケースですか。
A. 遺産が預貯金や上場株式など評価に判断の入らない財産で構成され、相続人間に争いがなく、平日の日中に窓口対応の時間を確保できるケースです。逆に土地が複数ある場合や非上場株式がある場合は難易度が大きく上がります。
Q. 相続税の申告書はe-Taxで提出できますか。
A. 提出できます。ただし所得税の確定申告書等作成コーナーでは作成できず、パソコンにe-Taxソフトをダウンロードして作成・送信する流れになります。申告の内容によってはe-Taxを利用できない場合があり、そのときは書面で作成して持参または送付します。
Q. 特例を使って税額がゼロになる場合も申告は必要ですか。
A. 必要です。申告が必要かどうかの判定は小規模宅地等の特例などを適用しない場合の課税価格で行います。申告書を提出しなければ特例そのものが適用されないため、税額がゼロでも期限内の申告が欠かせません。
Q. 自分で申告すると税務調査に入られやすくなりますか。
A. 申告者が誰かによって調査対象が決まるわけではありません。ただし令和6事務年度の実地調査9,512件のうち7,826件、割合にして82.3パーセントで申告漏れ等の非違が把握されており、評価誤りや計上漏れがあれば指摘される可能性は高くなります。
Q. 申告漏れが指摘されやすい財産は何ですか。
A. 令和6事務年度に把握された申告漏れ相続財産のうち、現金・預貯金等が29.1パーセントを占めています。名義預金の判定漏れや、亡くなる直前に引き出した現金の計上漏れが典型例です。通帳の入出金履歴を数年分さかのぼって確認することが有効です。