賃貸アパートやマンションを使った相続税対策は、市場価格より相続税評価額が低く算定されやすいことを利用したものが少なくありません。しかし令和8年度税制改正大綱では、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額の乖離に対応するため、通常の取引価額に相当する金額で評価する見直しの方向性が示されました。区分所有マンションで先行した評価乖離補正の「貸付用不動産版」ともいえる改正です。この記事では、なぜ乖離が生じるのか、大綱で示された見直しの内容、対象になりうる不動産、そして相続税への影響と今後の考え方を、大綱と国税庁の公表資料に沿って整理します。
貸付用不動産で市場価格と相続税評価額が乖離する理由
相続税を計算するときは、取得した土地や家屋を国税庁の財産評価基本通達に沿って評価します。土地は路線価方式または倍率方式で評価し、家屋は原則として固定資産税評価額に1.0を乗じた金額で評価します。これらは市場での売買価格そのものではなく、路線価や固定資産税評価額を基礎とするため、実際の取引価格より低くなりやすい特徴があります。国税庁 No.4602 土地家屋の評価
この傾向は、人に貸している不動産でさらに強まります。土地を貸家の敷地として利用している場合は貸家建付地として評価され、自用地としての価額から一定割合を減額できるためです。具体的には次の算式で計算します。
この算式により、賃貸している土地は自用地よりも評価額が下がります。国税庁 No.4614 貸家建付地の評価家屋も貸家であれば借家権割合分が減額されます。結果として、購入したばかりの賃貸物件では市場価格と相続税評価額の間に大きな差が生じ、この差を利用した相続税の圧縮が問題視されてきました。
区分所有マンションで先行した評価の適正化
市場価格と相続税評価額の乖離への対応は、居住用の区分所有財産(分譲マンション)で先行して行われています。マンションについては、評価乖離率と評価水準を用いた区分所有補正率が導入され、評価水準が一定の範囲を下回る場合に評価額を補正する仕組みが設けられました。国税庁の資料では、評価水準は評価乖離率の逆数として計算され、次の関係で判定されます。
評価水準が0.6以上1以下の場合は補正が行われず、従来の評価方法によります。国税庁 No.4667 居住用の区分所有財産の評価今回の貸付用不動産の見直しは、このマンションの評価適正化に続く動きとして位置づけられます。ただし対象や算定の考え方は別であり、区分所有マンションの評価とは切り分けて理解する必要があります。
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令和8年度税制改正大綱で示された見直しの方向性
令和8年度税制改正大綱では、相続税等の財産評価の適正化として、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額との乖離の実態を踏まえ、その取引実態等を考慮した見直しを行うことが示されました。中心となるのは、一定の貸付用不動産を課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価するという考え方です。財務省 令和8年度税制改正の大綱(2/9)
大綱では、見直しの対象が大きく二つに整理されています。読者が気になる「いつ買ったものが対象か」という点は、この二つで扱いが異なります。
取得・新築から5年以内の貸付用不動産
被相続人等が課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得または新築をした一定の貸付用不動産については、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価するとされています。あわせて注書きで、課税上の弊害がない限り、取得価額を基に地価の変動等を考慮して計算した価額の100分の80に相当する金額によって評価できることとする、という取扱いが示されています。
不動産小口化商品等に係る貸付用不動産
不動産特定共同事業契約または信託受益権に係る金融商品取引契約のうち一定のものに基づく権利の目的となっている貸付用不動産については、その取得の時期にかかわらず、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価するとされています。いわゆる不動産小口化商品などが念頭に置かれた項目です。この場合の通常の取引価額に相当する金額は、事業者等が示した適正な処分価格・買取価格等や、把握している売買実例価額、定期報告書等に記載された不動産の価格等を参酌して求めた金額によることができるとされています。
適用時期と経過的な取扱い
この見直しは、令和9年1月1日以後に相続等により取得をする財産の評価に適用するとされています。相続や遺贈で財産を取得する時期を基準に、新しい評価方法が使われることになります。財務省 令和8年度税制改正の大綱(2/9)
ただし経過的な取扱いも示されています。5年以内の取得・新築を対象とする①の改正については、当該改正を通達に定める日までに、被相続人等がその所有する土地(同日の5年前から所有しているものに限る)に新築をした家屋(同日において建築中のものを含む)には適用しないとされています。長く保有してきた土地の上に建てた家屋まで一律に対象にするものではない、という趣旨と読めます。
なお大綱は改正の方向性を示す段階であり、通常の取引価額に相当する金額の具体的な算定方法や「一定の貸付用不動産」の細かな範囲は、今後の法令・通達で明らかにされます。現時点で公表されていない数値や計算式を断定することはできません。
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見直しの対象になりうる貸付用不動産
大綱の記述を踏まえると、次のような不動産が見直しの対象として想定されます。相続税対策として賃貸物件を保有している方は、自身の物件がどこに当てはまるかを確認することが出発点になります。
| 取得・新築から5年以内の 貸付用不動産 |
被相続人等が対価を伴う取引で取得または新築した賃貸アパート・賃貸マンション等。通常の取引価額に相当する金額で評価。取得価額を基にした価額の80%で評価できる注書きあり。 |
|---|---|
| 不動産小口化商品等 | 不動産特定共同事業契約や信託受益権に係る金融商品取引契約のうち一定のものに基づく権利の目的となっている貸付用不動産。取得時期を問わず対象。 |
| 経過措置で除かれるもの | ①について、通達で定める日までに、5年前から所有する土地に新築した家屋(建築中を含む)は適用対象外。 |
一方で、取得から5年を超えて保有している賃貸物件や、上記の商品性に当たらない不動産の一般的な取扱いについては、大綱の対象範囲を超える細部が今後の通達に委ねられています。自分の物件が「5年以内」に当たるかどうか、取得や新築の時期の管理が重要になります。
想定される相続税額への影響と今後の対策の考え方
評価の基礎が路線価・固定資産税評価額から通常の取引価額に相当する金額へ近づくと、これまで市場価格より低く評価されていた物件では相続税評価額が上がる可能性があります。とくに取得から5年以内の賃貸物件を、購入直後の低い相続税評価額を前提に対策していた場合、その前提が変わり得る点に注意が必要です。
もっとも、80%で評価できるとする注書きや、5年超の保有・経過措置など、影響の程度はケースによって異なります。大綱段階では具体的な算定方法が確定していないため、現時点で税額の増減を一律の数値で示すことはできません。過度に不安をあおる情報や、確定していない計算式を前提とした試算には慎重であるべきです。
今後の考え方としては、次の視点が有効です。第一に、保有物件の取得・新築時期と取得価額を正確に把握し、5年以内に当たるかを整理すること。第二に、不動産小口化商品を保有している場合は取得時期にかかわらず対象となる点を踏まえること。第三に、通達等で詳細が公表された段階で、評価方法の変更が自身の相続税額にどう影響するかを見直すことです。具体的なケースは税理士へのご相談をおすすめします。
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令和8年度税制改正大綱では、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額の乖離に対応し、一定の貸付用不動産を課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価する見直しの方向性が示されました。取得・新築から5年以内の貸付用不動産と、不動産小口化商品等が主な対象で、前者には取得価額を基にした価額の80%で評価できる注書きがあります。適用は令和9年1月1日以後に相続等で取得する財産からで、経過的な取扱いも設けられています。具体的な算定方法は今後の法令・通達で明らかになるため、確定情報を確認しながら対策を見直すことが大切です。
参考文献
令和8年度税制改正 貸付用不動産の評価見直しのよくある質問まとめ
Q.令和8年度税制改正で貸付用不動産の相続税評価はどう変わりますか。
A.大綱では、一定の貸付用不動産を課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価する見直しの方向性が示されました。市場価格と相続税評価額の乖離に対応するものです。
Q.対象になるのはどのような不動産ですか。
A.被相続人等が課税時期前5年以内に取得または新築した一定の貸付用不動産と、不動産特定共同事業契約や信託受益権に係る一定の商品に基づく権利の目的となっている貸付用不動産です。後者は取得時期を問いません。
Q.80%で評価できるとはどういう意味ですか。
A.5年以内に取得等をした貸付用不動産について、課税上の弊害がない限り、取得価額を基に地価の変動等を考慮して計算した価額の100分の80に相当する金額で評価できるという注書きが大綱に示されています。
Q.いつから適用されますか。
A.令和9年1月1日以後に相続等により取得をする財産の評価に適用するとされています。5年以内取得分の改正には、通達で定める日までに5年前から所有する土地に新築した家屋を除く経過的な取扱いがあります。
Q.5年を超えて保有している賃貸物件は影響を受けますか。
A.5年以内の取得・新築を対象とする項目には直接当たりません。ただし細かな範囲は今後の通達で明らかにされるため、確定情報の確認が必要です。
Q.具体的な税額への影響はどの程度ですか。
A.大綱段階では算定方法の詳細が確定しておらず、一律の数値では示せません。物件の取得時期や取得価額を整理し、通達等で詳細が公表された段階で個別に見直すことが大切です。