相続税の申告期限が近づいているのに、遺産分割協議がまとまらない。相続人同士の話し合いが平行線で、預金も不動産も名義が動かせない。そうした状況でも、相続税の申告期限そのものは待ってくれません。この記事では、遺産が未分割のまま申告期限を迎える場合の「未分割申告」について、法定相続分による計算方法、使えなくなる特例、申告期限後3年以内の分割見込書、分割確定後の更正の請求までを順に整理します。
未分割でも変わらない相続税の申告期限
まず押さえていただきたいのは、遺産分割が終わっていないことは申告期限を延ばす理由にならないという点です。分割協議の長期化を理由に期限を後ろへずらす制度はありません。
相続開始から10か月という期限
相続税の申告は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行うことになっています。納税の期限も同じ日です。国税庁 No.4205 相続税の申告と納税
この期限は、財産の分割が済んでいるかどうかにかかわらず適用されます。国税庁も、相続財産が分割されていない場合であっても期限までに申告しなければならないと明示しています。国税庁 No.4208 相続財産が分割されていないときの申告期限までに申告をしなかった場合には、本来の税金のほかに加算税や延滞税がかかることがあります。
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法定相続分による仮の申告
では、誰が何を取得するか決まっていない状態で、どう税額を計算するのでしょうか。この場合は、各相続人が民法に規定する相続分または包括遺贈の割合に従って財産を取得したものとして相続税を計算し、申告と納税を行います。
民法に定める法定相続分は、配偶者と子が相続人であれば配偶者2分の1・子全員で2分の1、配偶者と直系尊属であれば配偶者3分の2・直系尊属全員で3分の1、配偶者と兄弟姉妹であれば配偶者4分の3・兄弟姉妹全員で4分の1です。国税庁 No.4132 相続人の範囲と法定相続分この割合は、遺産分割の合意ができなかったときの持分であり、実際にこの割合で分けなければならないわけではありません。
つまり未分割申告は、確定した分割内容にもとづく申告ではなく、いったん法定相続分で計算した仮の姿の申告です。分割が決まった後に、実際の取得割合に合わせて精算する流れになります。
未分割申告で適用できない特例
未分割申告でもっとも影響が大きいのが、税額を大きく下げる2つの特例が使えないことです。国税庁は、未分割の場合は小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例や配偶者の税額の軽減の特例などが適用できない申告になると説明しています。
配偶者の税額の軽減
配偶者の税額の軽減は、配偶者が取得した正味の遺産額が1億6,000万円までか、それを超えても配偶者の法定相続分相当額までであれば相続税がかからないという制度です。国税庁 No.4158 配偶者の税額の軽減ここでいう「正味の遺産額」は、遺産分割や遺贈によって配偶者が実際に取得した財産をもとに判定します。
取得する財産が決まっていない未分割の段階では、この「実際に取得した」という要件を満たせません。そのため、未分割申告の時点では配偶者の税額の軽減を受けられず、配偶者にも法定相続分に応じた相続税の負担が生じます。
小規模宅地等の特例
小規模宅地等の特例は、被相続人の居住用や事業用だった宅地等の評価額を大きく減額できる制度です。特定居住用宅地等は330平方メートルまで80%減額、特定事業用宅地等は400平方メートルまで80%減額、貸付事業用宅地等は200平方メートルまで50%減額となります。国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
この特例も、対象となり得る宅地等を取得した相続人等が2人以上いる場合には、適用を受けようとする宅地等の選択について全員が同意し、かつ原則として相続税の申告期限までに分割されていることが必要です。自宅の土地が未分割のままでは、80%減額の恩恵を申告時点では受けられません。
申告期限後3年以内の分割見込書
ここで重要になるのが「申告期限後3年以内の分割見込書」です。この書類を相続税の申告書に添付しておけば、後日分割が確定した時点で、いったん諦めた特例をさかのぼって適用できます。
添付の効果
分割見込書は、申告期限までに分割されていない財産を申告書の提出期限から3年以内に分割し、配偶者の相続税の軽減、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例、特定計画山林についての相続税の課税価格の計算の特例、特定事業用資産についての相続税の課税価格の計算の特例の適用を受けるために、その旨を届け出る手続です。国税庁 B1-5 相続税の申告書の提出期限から3年以内に分割する旨の届出手続
| 分割の状況 | 配偶者の税額の軽減・ 小規模宅地等の特例 |
|---|---|
| 申告期限までに分割が終わらない | 申告時点では適用できない |
| 分割見込書を添付し3年以内に分割 | 分割後に適用を受けられる |
| 3年以内に分割できず承認申請 | 承認を受ければ適用を受けられる |
提出の時期と方法
分割見込書は相続税の申告書とともに提出します。提出先は納税地を所轄する税務署です。電子申告の場合は、分割見込書を作成してPDFファイルに変換し、相続税の申告手続と併せて提出します。
提出を忘れると、3年以内に分割が確定しても特例を適用できなくなります。未分割申告では、税額計算そのものよりこの一枚の添付漏れのほうが致命的になりやすい点に注意してください。
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分割確定後の更正の請求と修正申告
分割見込書を添付して未分割申告を済ませた後、遺産分割協議がまとまったら、実際の取得割合にもとづいて税額を精算します。精算の方向は、税額が減る場合と増える場合の2通りです。
更正の請求は4か月以内
最初に申告した税額よりも実際の分割にもとづく税額が少ない場合は、更正の請求をして納めすぎた相続税の還付を受けられます。ただし更正の請求ができるのは、分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内です。
相続税の更正の請求は、原則として法定申告期限から5年以内とされていますが、後発的理由により更正の請求を行う場合は、その事実が生じた日の翌日から2か月または4か月以内となります。国税庁 B1-27 相続税及び贈与税の更正の請求手続未分割だった財産の分割はこの後発的理由にあたり、4か月という短い期間で判断を迫られます。
分割協議が成立してから遺産分割協議書の作成、必要書類の収集、税額の再計算までを4か月で終える必要があります。協議成立の見込みが立った段階から準備を始めるのが実務上の要点です。
関連コラム更正の請求のやり方|書き方と記入例・e-Tax手順を税理士が解説▸
税額が増える場合の修正申告
反対に、法定相続分で計算した税額よりも実際の取得額にもとづく税額が多くなる相続人は、修正申告を行って不足分を納めます。分割の結果、法定相続分より多くの財産を取得した相続人に生じる手続きです。
同じ相続の中で、ある相続人は更正の請求、別の相続人は修正申告という形に分かれるのが通常です。相続人ごとに手続きが異なるため、分割確定後は相続人全員で足並みをそろえて進めることが欠かせません。
3年以内に分割できない場合の承認申請
調停や訴訟が続いていて、申告期限後3年を過ぎても分割が終わらないこともあります。この場合に備えられているのが「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」です。
これは、申告期限後3年を経過する日後に配偶者に対する相続税額の軽減や小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例などの適用を受けるために、3年以内に分割されなかったことにつきやむを得ない事由がある場合の承認を受ける手続です。国税庁 B1-6 遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請手続
提出時期は申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までで、提出先は納税地を所轄する税務署です。2か月という枠は非常に短く、しかも3年後という遠い将来の期限であるため、失念しやすい手続きの代表格です。
なお、承認申請が却下された場合は、その通知を受けた日の翌日から起算して3か月以内に、通知をした税務署長に対する再調査の請求または国税不服審判所長に対する審査請求ができます。
| 相続税の申告と納税 | 相続開始を知った日の翌日から10か月以内 |
|---|---|
| 分割見込書の提出 | 相続税の申告書とともに提出 |
| 更正の請求 | 分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内 |
| 承認申請書の提出 | 申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日まで |
未分割申告の計算例
数字で見ると、未分割申告の負担の重さがはっきりします。正味の遺産額が2億円、相続人は配偶者と子2人という前提で計算します。
まず基礎控除額を求めます。基礎控除額は3,000万円に600万円と法定相続人の数を掛けた金額を加えた額です。国税庁 No.4152 相続税の計算
次に、課税価格の合計額から基礎控除額を差し引いて課税遺産総額を計算します。
課税遺産総額を各法定相続人が法定相続分に従って取得したものと仮定し、法定相続分に応ずる取得金額を計算します。配偶者は2分の1、子はそれぞれ4分の1です。
これを相続税の速算表に当てはめます。7,600万円は5,000万円超1億円以下の区分で税率30%・控除額700万円、3,800万円は3,000万円超5,000万円以下の区分で税率20%・控除額200万円です。国税庁 No.4155 相続税の税率
各人の算出税額を合計した額が相続税の総額です。
未分割で申告した場合の納税額
未分割の場合は、各人が法定相続分で財産を取得したものとして按分します。配偶者の税額の軽減は使えないため、配偶者にも税額が生じます。
結果として、配偶者が1,350万円、子がそれぞれ675万円、合計2,700万円を申告期限までに納めることになります。
分割確定後に精算した場合
その後の分割協議で、配偶者が1億円、子がそれぞれ5,000万円を取得したとします。配偶者の取得額は法定相続分相当額の範囲内なので、配偶者の税額の軽減により配偶者の納付税額はゼロになります。子の税額は課税価格に応じて按分します。
分割後の納税額の合計は1,350万円です。未分割申告で納めた2,700万円との差額が、更正の請求によって還付されます。
この例では、配偶者の税額の軽減が使えないというだけで、一時的に1,350万円を余分に用意しなければならないことになります。小規模宅地等の特例が使えれば、この差はさらに広がります。
未分割申告のデメリットと実務上の注意
未分割申告は「期限を守るための緊急避難」であり、有利な選択肢ではありません。実務でとくに問題になる点を整理します。
納税資金の一時的な負担
最大の負担は納税資金です。特例が使えない状態で計算した税額を、しかも被相続人の預金を引き出せないまま納めなければならないことが少なくありません。分割が終わっていない預金口座は、原則として相続人が単独では動かせないためです。
相続税は金銭で一度に納めるのが原則で、延納や物納を希望する場合は申告書の提出期限までに申請書を提出して許可を受ける必要があります。資金が足りない見込みであれば、期限直前ではなく早い段階で資金繰りの検討を始めてください。
手続きが二度手間になる
未分割申告は、申告を1回で終わらせることができません。期限内の未分割申告に加えて、分割確定後の更正の請求または修正申告が必要になり、財産評価や添付書類の準備も二度発生します。税理士報酬も、通常の申告より重くなるのが一般的です。
見落としやすい3つの落とし穴
実務で繰り返し見かけるのは次の3点です。第一に、分割見込書の添付漏れです。第二に、分割確定から4か月という更正の請求の期限を過ぎてしまうことです。第三に、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月という承認申請の期限を失念することです。
いずれも、期限を1日でも過ぎると特例や還付を受けられなくなる性質の手続きです。分割協議が長引きそうだと分かった時点で、3年後・4か月後の期限まで含めた工程表を作っておくことをおすすめします。
まとめ
遺産分割がまとまらなくても、相続税の申告と納税の期限は相続開始を知った日の翌日から10か月のままです。まずは法定相続分で計算した未分割申告を期限内に済ませ、配偶者の税額の軽減と小規模宅地等の特例については「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して、後日の適用に道を残しておくことが基本になります。
分割が確定したら、税額が減る相続人は分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を、増える相続人は修正申告を行います。3年以内に分割できない見込みであれば、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月以内に承認申請書を提出します。
未分割申告は、期限・書類・資金の3つを同時に管理する必要があり、判断を誤ると特例そのものを失いかねません。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。具体的なケースは税理士へのご相談をおすすめします。
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参考文献
- 国税庁 No.4208 相続財産が分割されていないときの申告
- 国税庁 No.4205 相続税の申告と納税
- 国税庁 No.4158 配偶者の税額の軽減
- 国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
- 国税庁 No.4132 相続人の範囲と法定相続分
- 国税庁 No.4152 相続税の計算
- 国税庁 No.4155 相続税の税率
- 国税庁 B1-5 相続税の申告書の提出期限から3年以内に分割する旨の届出手続
- 国税庁 B1-6 遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請手続
- 国税庁 B1-27 相続税及び贈与税の更正の請求手続
相続税の未分割申告のよくある質問まとめ
Q.遺産分割がまとまらない場合、相続税の申告期限は延長できますか。
A.延長できません。相続税の申告は被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行うこととされており、財産が分割されていない場合であっても同じ期限までに申告する必要があります。
Q.未分割の場合、税額はどのように計算しますか。
A.各相続人が民法に規定する相続分または包括遺贈の割合に従って財産を取得したものとして相続税を計算し、申告と納税を行います。実際の取得内容が決まった後に、更正の請求または修正申告で精算します。
Q.未分割申告でも配偶者の税額の軽減は受けられますか。
A.未分割の段階では受けられません。配偶者が遺産分割などにより実際に取得した財産をもとに判定する制度のためです。ただし「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して申告すれば、期限から3年以内に分割された場合に適用を受けられます。
Q.分割見込書はいつ提出しますか。
A.相続税の申告書とともに、納税地を所轄する税務署へ提出します。電子申告の場合はPDFファイルに変換し、相続税の申告手続と併せて提出します。
Q.分割が確定した後、還付を受けられる期限はいつまでですか。
A.分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内です。この期間を過ぎると更正の請求ができなくなるため、分割協議の成立見込みが立った段階から書類の準備を進めてください。
Q.調停が長引いて3年以内に分割できない場合はどうなりますか。
A.「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までに提出し、承認を受けることで特例の適用が可能になります。


